井上マエストロ不在でも、その魂が結実した見事なセミ・ステージ・バレエ「火の鳥」~兵庫芸術文化センター管弦楽団 第142回定期演奏会~

【PACファンレポート64兵庫芸術文化センター管弦楽団 第142回定期演奏会】「いよいよ今週末は、井上道義さんとPAC(兵庫芸術文化センター管弦楽団)の最後の共演だ!」。心躍らせて待っていた演奏会が迫った6月14日、兵庫県立芸術文化センターチケットオフィスから突然、メールが送られてきた。件名に「【重要:指揮者変更】井上道義氏の降板および指揮者変更のお知らせ」とある。一体、何事⁉ あわてて開いたメールに、井上氏本人からの悲痛なメッセージがリンクされていた。

https://www1.gcenter-hyogo.jp/news/2023/06/0614_pacteiki142_message.html

何ということでしょう! 2024年末の引退を発表した井上マエストロはPACとの最後の共演にダンス付きの「火の鳥」を選んでいた。どんな舞台になるのか、マエストロ自身も楽しみにしていたはずなのに……。

リハーサルの写真をアップしたPACのツイッターには、マエストロ本人から「指揮できなくても、見るだけでも劇場に行きたいけど、医者が……」というコメントも付いて、その無念ぶりが胸にしみる。

 

17日土曜、定期演奏会2日目。KOBELCO大ホールは満員の観客で埋まっていた。ステージは全体に現代劇の演劇空間のようにダークな色。客席に近い前方が広く空き、オーケストラは中央にまとまっている。この公演のために、いつもはステージ後方にある音響反射板を外し、日本のクラシック音楽公演では初めての採用となる音響システム<d&bSoundscape>が採用されているとプログラムにあった。

井上の代演を務める井田勝大は、Kバレエ カンパニー音楽監督とシアター オーケストラ トーキョー音楽監督を務める逸材。リハーサルでもタクトを振り、PACと心を通わせてきた様子が登場シーンからもうかがえた。

 

最初の曲はイーゴリ・ストラヴィンスキー(1882-1971)のディヴェルティメント(バレエ音楽「妖精の口づけ」による)。約22分の短い曲だが、起伏に富んだ4楽章の構成で、全編にストラヴィンスキーが愛したチャイコフスキーの曲がコラージュされ、音の跳躍が新しい世界を見せてくれた。

 

いつもより長い25分の休憩の後、いよいよバレエ音楽「火の鳥」(1910年原典版)だ。オーケストラの中央に階段が現れ、小高くなったステージと舞台幅いっぱいの前方ステージ空間をつないでいる。

舞踊家の森山開次は、この曲を聴き込み、井上マエストロの「最後の火の鳥」を瀕死の男と王女の亡霊をモチーフに、光と闇の新たな物語に紡ぎ直した。自ら舞台に立って踊り、演出・振付だけでなく、美術プランも担い、舞台装置も自作した。

瀕死の男は見事な筋肉美をまとった森山。王女の亡霊は可憐な本島美和。火の鳥は碓井菜央、浅沼圭、梶田留以、根岸澄宜、水島晃太郎、南帆乃佳が、統率の取れたダイナミックな群舞を披露。

こんなゴージャスな舞台にPACの定期演奏会で出会えるなんて! 眼福としか言いようがない。PACメンバーの演奏も、同じ舞台で繰り広げられている息をのむようなダンス・パフォーマンスに鼓舞されているに違いなく、立体的に立ち上ってくる。特に舞踊と相性が良いのか、フルートのフランチェスカ・ブルーノには魅了された。

この舞台を実現させたスタッフを含めたすべてのメンバーに、惜しみない拍手を送りたい。

6月のプログラムの表紙は寺門孝之さんがボッティチェリの絵のように天から降るバラの花首をイメージ。期せずして今回の定期演奏会の舞台に降臨したミューズをことほぐように……

コンサートマスターは田野倉雅秋。ゲスト・トップ・プレイヤーは、ヴァイオリンの白井篤(NHK交響楽団第2ヴァイオリン次席)、ヴィオラの柳瀬省太(読売日本交響楽団ソロ・ヴィオラ)、チェロの富岡廉太郎(読売日本交響楽団首席)、コントラバスの黒木岩寿(東京フィルハーモニー交響楽団首席)、クラリネットの小谷口直子(京都市交響楽団首席)。スペシャル・プレイヤーは、オーボエの古部賢一(東京音楽大学教授、新日本フィルハーモニー交響楽団特任主席)、クラリネットの中野陽一朗(京都市交響楽団首席)、ホルンの五十畑勉(東京都交響楽団奏者)、トランペットの佐藤友紀(東京交響楽団首席)、テューバのス杉山康人(クリーヴランド管弦楽団首席)、パーカッションの近藤高顯(元新日本フィルハーモニー交響楽団ティンパニ首席)。

PACのOB・OGはヴァイオリン7人、ヴィオラとチェロ、コントラバス、クラリネットが各1人、パーカッション2人が参加した。(大田季子)

※この記事の舞台写真は撮影:飯島隆/提供:兵庫県立芸術文化センター

 




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